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講演会「統計教育における高大連携--米国およびUCLAにおける事例から--」参加レポート
2009年5月19日、「統計教育における高大連携--米国およびUCLAにおける事例から--」 と題する公開講演会(立教大学経営学部主催)に参加しました。講演会では、Robert Gould 氏(米国UCLA統計教育センター長、同大学統計学部副学部長) から米国における統計教育の取り組みについてお話があった後、内容に関する質疑応答が行われました。前半の話は、5月16日に行われた統計教育シンポジウム での講演と重なる部分も多かったのですが、質疑応答では統計教育のためのソフトウェア「Fathom」について説明があり、今後の統計教育を考えるにあたって参考になりました。本レポートではFathomについて概要をご報告します。
統計教育ソフトFathomはアメリカのKey Curriculum Press (KCP)社 が販売しているWindows・Macintosh対応のソフトウェアです。KCP社は1971年に設立された会社で,数学や理科教育における書籍や教材の開発、教員に対する指導支援を行っています。またソフトウェアについては、子会社であるKCP Technologies社 が開発・メンテナンスを担当し、Fathom同様にKCP社が販売を行っています。Fathomの他にも、算数・数学で学習する概念に対する直観的な理解を支援する「The Geometer’s Sketchpad」、低学年向けの統計教育ソフト「TinkerPlots 」がKCP社より提供されています。
講演会における説明およびHP 上での紹介 を参考に,Fathomの特徴として次の点が挙げられます。
1.統計で必要となる知識を意味も含めて気付かせる見せ方
統計では平均や分散、回帰直線など、必要となる知識が数多くあります。これらの知識について、Fathomでは計算処理の結果のみを見せるのではなく、データの分布や、回帰直線の当てはめの様子を視覚的に表現することによって、なぜこれらの値が統計で必要となるのか、そして重要視されるのかを、学習者が気づくことができるように設計しています。
2.ドラッグ&ドロップによる直観的な操作
Fathomでは、1つのデータセットを表(table)、複数のグラフ(graph)、要約統計量(summary)の3種類の方法で表現します。このとき、表の項目名にカーソルを合わせ、グラフの軸の位置までドラッグすることにより、選択した項目を軸にとったグラフを簡単に描くことができます。また、随所に現れるアニメーションも自然なものとなっていて、学習者の理解を助けています。
3.データを用途に応じて追加できる仕組み
Fathomでは、初めからFathomに組み込まれているデータだけではなく、学習者・利用者が自由に追加したデータも分析することができます。データを追加するときは、Excelのようにデータを直接入力することもできますし、インターネット上にある表をドラッグ&ドロップすることによってデータセットとすることもできます。また、アメリカの国勢調査の結果をダウンロードする機能もあるほか、質問フォームを作成しインターネット上でデータを収集できる機能もあります。
これらの特徴を踏まえると、FathomはExcelに代表される表計算ソフトウェアやSPSSなどの統計ソフトウェアといった「統計分析をするためのソフトウェア」ではなく、統計を使って分析をするとはどういうことなのか、どのような視点をもって統計分析をすべきなのかを理解させる「統計教育ソフトウェア」として位置づけられます。また、他教科の学習にもこのFathomを使うことができます。最近付け加えられた機能の一つに、アメリカのVernier社 が提供している温度計や気圧計、光センサーなどの測定機器を接続し、観測値をそのままFathomに入力させる機能があります 。*1 これらの機器や機能を用いれば、理科における探究的な活動の一環として、実験や観測データの分析、考察などが展開しやすくなります。
現在、国内ではこのようなソフトウェアは見当たりません。新学習指導要領での統計教育を実践する上で、このようなソフトウェアが求められると思います。今後,Fathomの開発者へのヒアリングを進め,統計教育の進め方に関する知見を深めていく予定*2 です。
*1 ティーカップに入っているお湯が冷めるときのの温度測定の様子が紹介 されています。
*2 9/12にFathomの開発者であるWilliam Finzer先生をお招きし研究会を行いました。詳細は研究会報告書(PDF) をご覧ください。