CRETから、最新の教育・テストに関する学会レポートをお届けします。
日本教育学会第68回大会参加レポート
8月27日から29日にかけて行われた日本教育学会大会 に参加しました。
日本教育学会 は、1947年に創設され、教育学系の学会では最大規模のものです。幅広い研究領域をカバーした【一般研究発表】の他、今日的な教育問題にフォーカスした【テーマ型研究発表】の分科会が編成されていることが特徴です。今回は、アメリカや東アジアから研究者を招いてのシンポジウムも充実していました。本レポートでは、海外の研究者からの刺激的なインプットを基に、アメリカとシンガポールの教育改革についてご報告します。
まず、アメリカの教育改革について、本大会の目玉として招聘されたアメリカの第一線の教育学者で、オバマ大統領の教育政策アドバイザーでもあったリンダ・ダーリング=ハンモンド氏(スタンフォード大学教授)による特別招待講演についてご紹介します。
アメリカの教育改革の展望を語る中で、ダーリング=ハモンド氏は、オバマ大統領の立候補時の姿勢を「教育問題を包括的に捉え、真に問題解決に迫ろうとしている」と高く評価しています。教育問題を的確に捉えているということは、教えること(教師の仕事)と学ぶこと(生徒の学習)の内実をきちんと理解しようとしているということに他なりません。一例としてオバマ氏が講演に引用したある教師の言葉が紹介されました。その教師は「この子たち症候群(These Kids Syndrome)」がはびこっていると言ったそうです。「この子たちは勉強ができない」「この子たちは学ぶ意欲がない」というように「この子たちは(these kids are)・・・」と言う限り、問題は「誰かの」問題となってしまう。その子たちは皆「私たちの子(our kids)」であるという認識が必要だ、と。オバマ氏が、彼らは皆「私たちの子」であり、教育は「私たちの問題と責任である」と語ったことは、彼の教育政策への意気込みを示すものとして示唆に富むものです。教育はとかく誰でも評論できるもので、教師や親、“最近の子どもたち”を批判することは簡単です。しかし、他人事ではなく当事者として「私たち自身の問題である」と認識し、問題解決のために協力しあうことこそが重要なのではないでしょうか。
一方、教育の在り方において、教師教育とアセスメントの重要性の指摘もありました。教師教育は、その国の教育レベルの高さを規定するほど重要だと、ダーリング=ハモンド氏は強調しています。現在世界の教育は、教師の質を重視している国と、教師の質に不平等を引き起こしている国とに二分されているということです。例えばフィンランド、オランダ、シンガポール、韓国では質の高い包括的な教師教育が国によって保証されているそうです。アセスメントの視点で見ると、アメリカのテストは未だに低次元のスキルを多肢選択式で測るものが多いが、これからは21世紀に必要な様々な思考力やパフォーマンスのスキルを、論述やICTを用いた相応の方法で測ることが必要であると言明しました。フィンランドやシンガポールなど教育の質が高いと言われる国々はすでにその必要性に気づいて改革を進めている、との指摘がありました。例えば、シンガポールの高校では教室でのプロジェクトや科学的探究活動をきちんと評価しようと試みているそうです。また、こうしたアセスメントの開発や採点に教師を巻き込むことが重要であることも強調されました。ダーリング=ハモンド氏の認識では、21世紀型のアセスメントの理想形に比して、アメリカは非常に遅れをとっているとの意見でした。今後、オバマ大統領は、各州が問題解決力や批判的思考力を問うテストを開発するための資金を提供しようと考えているそうです。また、このような文脈の中で21世紀スキル会議が開催されたことを考えると、新しい大統領と教育長官を迎えたアメリカの教育改革のこれからに注目が集まりそうです。
次に、東アジアの教育改革をテーマとした国際シンポジウムについて、シンガポールの教育改革を取り上げてご紹介します。クリスティン・キムエン・リー 氏(National Institute of Education) は、「シンガポールは国際テストで高得点をとるなど教育が十分成功していると思われるかもしれないが、教育は未来のための教育であるべきなので、未来に向けて改革しなければならない」と述べられました。この言葉だけでも、シンガポールが、未来志向の改革を先駆的に行おうとする意気込みが感じられます。これまで、「効率主義的な教育改革(1979~1996)」、「能力主義的な教育改革(1997~)」が進められてきましたが、これからは「教育と学習についてのパラダイムシフト」が必要だということです。これを表しているのが、近年の改革のテーマである「少なく教え、多く学ぶ(Teach less, learn more)」であると言えるでしょう。そして学ぶものの中身は、やはりコミュニケーションスキル、チームワークスキル、批判的スキル、問題解決スキル、そして創造性など、21世紀スキルと言えるものです。
しかし、政策と実践には乖離があることが常です。リー氏は課題を二つ挙げていました。一つは、シンガポールの授業がまだまだ伝統的であり、概念的深さ、知識の応用、解釈、問題解決、知識批判などについては限定的にしか行われていないこと。もっとも難しいことは、授業を行う教師の信念を変えることである、というのは、どの国でも共通のチャレンジのようです。もう一つは、アセスメントです。教師は受験に向けて良いテスト成績を修めるための指導方法に固執していることが多く、アセスメントを変えることが必須であるということです。シンガポールには、PSLE (Primary School Leaving Examination)と呼ばれる初等教育修了試験があり、この結果によって中等教育で進むコースが決まるのです。
さて、このように各国の第一線の教育研究者の話を聞いていると、共通認識として、アセスメントの変革の必要性が挙げられていることがわかります。想定されているものとして、まずアセスメントの内容が21世紀スキルと呼びうるものであること、そしてアセスメントの方法が、知識や学習の結果だけでなく、タスクやパフォーマンス、そしてプロセスをも測れる方法であること、と言えるでしょう。特に後者に関しては、日々の教師の実践に融合し、生徒の学習を向上させる効果をもつアセスメントが各国でどのように開発・運用されるのか、というのが今後の注目点ではないかと感じました。