CRETのコラム/レポート Activities

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個別最適化された学びと評価のあり方について

特定非営利活動法人教育テスト研究センター 理事長 新井 健一

 

 昨年6月に、Society5.0に向けた人材育成の柱として、文部科学省から個別最適化された学びが提言された。以来、スタディ・ログの活用による個別最適化の実現が検討されている。海外の国々でも、学習者中心の考え方から、個別最適化された学びの実現に取り組んでいて、そのためにスタディ・ログの活用が期待されている。さて、日本における個別最適化された学びとは、何をどのように最適化することなのだろうか。

 

 米国の教育省が2015年に発行した「EdTech Developer's Guide」では、個別最適化を以下のように3つに分けて概念を整理している。

    1. 1. Individualization スピード、ペースを学習者に合わせること
    2. 2. Differentiation  ゴールは変えずに、方法やアプローチを学習者に合わせること
    3. 3. Personalization 方法やペースなど、すべて学習者に合わせること

 

 Individualizationは、かつてのCAIや最近のAIドリルなどの方法が考えられる。学習内容を構造化して、正誤や解答時間などのスタディ・ログを活用することで、学習者に合ったペースを実現しようとするものである。Differentiationは、学習スタイルや教材が学習者によって異なる。ある学習者はパソコンやタブレットで、ある学習者は小グループや個人で教師と一緒に、またある学習者は小グループで関係する施設のプログラムに参加するなど、方法やアプローチを学習者にあわせることで個別最適化を実現しようとするものである。そして、Personalizationは、学習者の興味・関心、目標に応じて、方法やペースなどをテーラーメイドにすることで、個別最適化を実現しようとするものである。

 

 さて、このような学びを実現するためには、どのようなスタディ・ログが有効なのだろうか。IndividualizationはCAIなどの例があるため比較的イメージしやすいが、Differentiation やPersonalizationを実現しようとする時には、興味・関心、学習スタイル、学習者の特性など、学習者個々の様々なデータを加味する必要があるが、どのような場合に、どのような項目を組み合わせることが有効なのか、そして、どのように育成したらよいのかという課題について、エビデンスに基づいた議論が必要ではないだろうか。また、Personalizationのように学習者によって目標が異なる場合、日本では、教育課程の基準として学習指導要領が定められているが、それとの整合性はどのように考えたらよいのか、学習者中心とは、何のために何をどこまで学習者本位にすることなのかを考える必要があるのではないだろうか。

 

 個別最適化された学びを進める場合、アセスメントやデータ活用のあり方についても議論が必要になるであろう。個別最適化された学びの場合、他との比較による評価よりも、個々の目標に対する評価が重要となるため、その評価方法については何らかの指針が必要になるであろう。また、デジタル化された環境が整備されていくにつれて、多様なデータを複合的、連続的に分析していくことができ、その分析データが評価資料になり得るが、そのためにはデータに対するリテラシーが必要となる。学習者中心の学びを進めているフィンランドでは「Learning to Learn」という認知面と情意面を同時に評価することができるアセスメントを実施していて、教育テスト研究センターが2016年のシンポジウムで紹介した。生涯学習社会で学び続けるために必要な資質・能力を把握するために開発されたもので、二つの側面の資質・能力を複合的に把握できるため、Differentiation やPersonalizationのためには有効なデータを得ることができる。一方で、データで状況を把握できても、情意面の育成方法については有効な教育法が開発されているわけではなく、データと教師の観察による個別の試行錯誤が必要であり、オートマティックな対応はできていない。また、情意面の育成に関しては、ほめることが学習の動機付けにおいては有効と言われることが多いが、教育テスト研究センターの相川研究室の研究では、学習者が制御型か促進型かによって目標達成に有効な動機付けの方法は異なることが報告されていて、ほめることが適さない場合があることを示唆している(教育テスト研究センター年報第4号より)。このことは、たとえ定量データで80%に有効という学習方法があったとしても、20%の学習者には適さないのであって、個別最適化された学びを考える時には、マスデータによる一般論ではなく、個々の特性に焦点を当てたデータによる具体論が必要になることを示している。データを読みとるリテラシーと、データで把握できても対処法が確立されていない場合に、臨機応変に対応するスキルが求められるのである。

 

 個々の特性をデータで把握することについては課題もある。個別最適化については、中国がAIを活用して先進的な取り組みを進めているが、日本が同じ方向に向かって追随していくとは考えにくい。そもそも日本では、データを得ることができるようなデジタル化された環境が整っていない。また、整ったとしても、生体情報など、個別の様々なデータを取得して個別化していくことは、一方で、個人情報に対するリスクが増えるため、そのことと、データ取得による教育効果のどちらを、どこまで、どのようにして優先するかについては議論が必要である。

 

 個別最適化された学びの実現にあたっては、これまで以上に多くのプレイヤーの参加、協力が必要になるため、これらの様々な課題を議論して共有できる指針が必要であろう。そのためには、データ取得の技術論の前に、これからの日本の教育は何を目的として、どのように行えばよいかについて、根本に立ちかえった議論が重要であると考える。

(2020.03.30)

新井 健一 -Kenichi Arai-

教育テスト研究センター(CRET) 理事長 / ベネッセコーポレーション顧問

コラム/レポート

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2017-10-25

AI時代の教育

新井 健一

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