CRETのコラム/レポート Activities

CRETから、最新の教育・テストに関する世界の動向などをお届けします。

AIによる学習と評価の現状と課題

特定非営利活動法人教育テスト研究センター 理事長 新井 健一

 

 去る5月、北京でAIを活用したアダプティブラーニングのカンファレンスが開催された。今年が3回目で、数千人規模の大きなイベントであった。

 

 アダプティブラーニングは、学習の個別最適化を目的とするもので、近年のAI技術の進展により注目されている分野である。カンファレンスでは、カーネギーメロン大学やスタンフォード大学、SRI、MITなどの米国の知見をもとにして、問題の誤答分析に留まらず、AIチューターによる学習支援、センサーによる生体データの解析、学習の動機付けと形成的評価、対話型ロボットの活用、AIによる校内データの分析などについて研究発表があり、中国のAIへの期待の高さを感じさせる内容であった。また、発表ステージの横にあるスクリーンには、英語と中国語の自動翻訳が同時に表示されていて、翻訳の完成度は十分ではなかったが、先進的な雰囲気の演出としては十分であった。

 

 学習の個別化というと、以前からCAI(Computer Assisted Instruction)がある。CAIは、学習内容を下位概念から上位概念へと系統化して、ある学習内容の問題で誤答が発生すると、そこから下位概念に戻して再度学習し、またそこから上位概念へと進む仕組みが基本的であり、系統化しやすい算数・数学などの教科で活用されていた。 しかし、国語や社会などのように学習内容を上位、下位に系統化しにくい教科では、採点と記録が機能の中心であったことや、開発に大量の問題データベースが必要な割には効果が限定的であったことなどから、次第に活用されなくなった。現在では、社会人向けの業務に関する学習で、基礎から応用に続く構成の場合に同様の仕組みはあるが、機能の中心は学習管理を行うLMS(Learning Management System)であることから、eラーニングの概念に吸収されている。

 

 このように、CAIは予め構造化された教科内容に、正誤データを合わせることで個別化していく仕組みであるが、AIによるアダプティブラーニングは、測定されたデータ間の相関から個別の特徴を見出し、それに応じて学習を最適化していく仕組みになっている。AIを活用することで、データ量が増えるにつれて最適化の精度が高まり、データも成績だけでなく、生体データ、関心、意欲、態度などの異なる性質の情報を組み合わせて、それらの関係から最適化していくことが可能である。現在はまだ、CAIのエンジンをAIに積み替えたばかりで、実験段階の域を出ていないような印象だが、今後、様々な仮説に基づき、中国国内で得られる大量のデータから有効な解析方法が見つかれば、新たなアダプティブラーニングのプラットフォームが生まれるかもしれない。

 

 その時には、アセスメントの概念も変化していることであろう。アセスメントの目的が、資格や認定のためではなく、資質・能力を高めるためである場合は、合否判定のような情報よりも、適切な学習につながる情報が重要である。これまで、こうした情報は、学習した後にアセスメントをして、また学習するという、学習とアセスメントが交互に継続するサイクルで活用されたが、学習状況をAIによって分析しながら、同時に適切な学習を提示できるようになれば、学習とアセスメントが並行し、常に個別最適な学習が継続できるようになるであろう。まさに学習と評価の一体化である。その場合は、継続的に学習しているデータそのものがアセスメントデータとなり、連続的なデータとして見ることも、スナップショットとして切り取ることもできるようになる。

 

 ただし、AIが最適化しているのは学習の一部であって全てではないし、常に適切な最適化をしているかは監視していなくてはならない。AIの性能がいくら高くなっても、AIは意味を理解しているわけではないし、意思も責任も持てない。したがって、教師による日常的な観察や、状況に応じた授業計画は重要である。近年、学習者中心の考え方が主流になり、教師は指導することよりも支援することが重要とされ、学習者の主体性が重視されるようになった。これまで、学習の個別化の実現には時間とコストがかかることが課題とされてきたが、アダプティブラーニングは、時間とコストを軽減して、学習者個々に最適な学習を提供することにより、学習者中心の学びを支えることを可能にする。しかし、これは教師のアシスタントであって、教師の代わりにはならない。今回の北京のカンファレンスでは、様々な先進的事例が報告されたが、AIの活用によって教師が不要になるという意見はひとつも無かった。教師の役割や仕事の内容は変化するであろうが、教師の存在が重要であることには変わりはないということであろう。さて、それではこれからの教師の役割とは何か?

 

 学習と評価にAIが活用されることは、教育の目的に照らして、本来教師が担うべき役割は何かを、改めて考える機会になるのかもしれない。

(2019.10.17)

新井 健一 -Kenichi Arai-

教育テスト研究センター(CRET) 理事長 / ベネッセコーポレーション顧問

コラム/レポート

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